見えていないのに、脳はわかっている?―盲視(Blindsight)からわかる「意識にのぼらない視覚」

BLINDSIGHT / 視覚と脳

見えていないのに、脳はわかっている? ― 盲視(Blindsight)からわかる「意識にのぼらない視覚」

私たちは「見えたから、身体が反応する」と思っています。 しかし盲視の研究は、私たちが「見えた」と自覚する前にも、 脳の中ではすでに視覚情報の処理が進んでいることを示してきました。

「見えません」と言うのに、なぜ当てられるのか?

盲視を理解するうえで重要なのが、 脳の後頭部にある一次視覚野(V1)です。

目の奥にある網膜で受け取った光の情報は神経信号へ変換され、 脳の外側膝状体(LGN)という中継地点を通って、 V1へ送られます。

V1は、私たちが「見えている」と感じる意識的な視覚にとって、 とても重要な場所です。

V1が脳卒中や手術、外傷などによって損傷すると、 損傷した場所に対応する視野について 「何も見えない」と感じることがあります。

「右と左、どちらに刺激が出たと思いますか?」

「どちらへ動いたと思いますか?」

見えていなくても無理に選んでもらうと、 本人は「ただの勘です」と答えます。

ところが実際には、 偶然だけでは説明しにくい割合で正しく答えることがある のです。

本人の「見えていない」という感覚と、 脳が視覚情報を処理できているかどうかは、 必ずしも同じではありません。

盲視の実験。本人は見えていないと感じていても刺激の位置や動きを偶然以上に正しく判断できることがある
図1|「見えない」と感じていても、刺激の位置や動きを判断できることがある

ヴァイスクランツが体系化した「見えない視覚」

盲視を代表する研究者の一人が、 イギリスの神経心理学者 Lawrence Weiskrantz(ローレンス・ヴァイスクランツ) です。

特に有名なのが、患者D.B.を対象とした研究です。

D.B.は脳の手術によって視覚野の一部が損傷し、 その場所に対応する視野について「見えない」と感じていました。

しかし実験では、見えていないはずの領域について、 いくつかの視覚能力が残っていることが確認されました。

  • 刺激がどこにあるか
  • どちらへ動いたか
  • 線の向き
  • 形の違い
  • 刺激の位置へ手を向ける

Weiskrantzらは1970年代からこうした現象を研究し、 1986年の著書 『Blindsight: A Case Study and Implications』 で体系的にまとめています。

「本人が“見えた”と感じること」と 「脳が視覚情報を処理すること」は、 本当に同じなのか?

目から脳へ向かう道は、一本ではない

私たちが意識的にものを見るとき、 次の経路が非常に重要です。

網膜 → 外側膝状体(LGN) → 一次視覚野(V1) → 高次視覚野

この経路を通った情報はさらに別の視覚領域へ送られ、

「人がいる」

「赤いリンゴだ」

「文字が書いてある」

といった認識につながっていきます。

しかし、視覚情報が脳へ届く道は、 この一本だけではありません。

盲視研究では、V1が大きく損傷していても 一部の視覚機能が残ることから、 V1を迂回して情報を伝える神経経路 が研究されてきました。

BridgeらがMRIで調べた「迂回する経路」

2015年、Sara Ajina、Holly Bridgeらは、 成人後にV1を損傷した17人と対照群9人を対象に、

  • 視覚刺激への反応
  • 拡散MRI
  • 神経線維の走行を推定するトラクトグラフィー

を組み合わせて調べました。

その結果、盲視が認められた患者では、 LGNと、動きの処理に関わるhMT+をつなぐ白質経路 が保たれていることが示されました。

つまりV1を通る主要な経路が損傷していても、 視覚情報の一部が別のルートを通って脳へ届いている 可能性があるということです。

網膜から脳へ向かう複数の視覚経路。LGNからV1へ向かう経路、hMT+へ向かう経路、上丘などを介する経路
図2|視覚情報が脳へ届く道は、ひとつではない

上丘――「何があるか」より先に「どこにあるか」に反応する

もう一つ重要なのが、 上丘(Superior Colliculus)です。

上丘は大脳皮質よりも深い、 中脳という場所に位置しています。

主に次のような働きと関係しています。

  • 視線を向ける
  • 突然現れた刺激へ注意を向ける
  • 頭や身体の方向を変える
  • 空間の刺激へ素早く反応する

たとえば横から何かが突然飛んできたとき、 「これは何だろう?」と詳しく認識してから 避けるわけではありません。

多くの場合、「何か」を理解するより先に、 視線や身体が反応します。

視覚には「これは何か?」を認識する働きだけではなく、

「どこにある?」

「どちらへ動いている?」

「どこへ身体を向ける?」

といった情報を素早く処理する仕組みもあるのです。

「見えていない顔」に扁桃体が反応した

さらに興味深いのが、 感情に関する盲視です。

2001年、Morris、DeGelder、Weiskrantz、Dolanらは、 一次視覚野に大きな損傷のある患者G.Y.を対象に 研究を行いました。

患者が「見えない」と感じる視野に 恐怖表情などの顔を提示したところ、 意識的には正常に見えていないにもかかわらず、 恐怖表情への識別成績や扁桃体の活動に違い がみられました。

扁桃体は、恐怖や危険など、 感情的に重要な情報の処理に関係する脳領域です。

顔を見る → 怖いと理解する → 身体が反応する

という意識的な順番だけではなく、

はっきりと「見えた」と自覚する前にも、 脳が重要な視覚情報を処理している可能性があります。

「見えている」と「脳が処理している」は同じではない

AjinaとBridgeは、 盲視と無意識視覚に関する研究をまとめたレビューで、 V1が損傷したあとでも患者によっては、

  • 動き
  • 位置
  • 方向
  • 形状
  • 一部の情動的情報

などに対する視覚能力が残ることを整理しています。

私たちが「見えている」と自覚している世界と、 脳が実際に処理している視覚情報は、 完全には同じではありません。

これは「意識していなくても脳はすべて分かっている」 という意味ではありません。 盲視研究が示すのは、 意識にのぼらない視覚情報も、 一部は判断や身体反応に利用されることがある ということです。

視覚は「認識する」だけではない

私たちは「視覚」というと、 文字を読む、人の顔を見る、 物の形を見分けるといった能力を思い浮かべがちです。

しかし盲視研究から見えてくる視覚は、 もう少し広いものです。

認識する視覚

「これは何?」を捉える視覚。

人、色、形、文字、物体などの認識に関わります。

空間・行動につながる視覚

「どこ?」「どう動く?」を捉える視覚。

位置、動き、方向、身体の行動などに関わります。

歩きながら人を避ける。
段差に合わせて足を出す。
飛んできたものへ手を出す。
突然動いたものへ視線を向ける。

私たちは、こうした場面でも 絶えず視覚情報を使っています。

そして重要なのは、 この二つが左脳と右脳に単純に分かれているわけではない ということです。

異なる脳領域や神経経路が連携しながら、 私たちのひとつの「見える世界」を作っています。

認識する視覚と空間や行動につながる視覚。左右の脳ではなく複数の脳領域と視覚経路が連携している
図3|認識と行動は左右脳の単純な分業ではなく、複数の視覚経路・脳領域の連携によって支えられている

視力は「見る」という大きな仕組みの一部分

一般的に「目がいい」というと、

「視力1.0」

「小さいCまで見える」

という意味で使われます。

もちろん視力は、 視覚を評価するうえで非常に重要な指標です。

しかし盲視研究を見ていくと、 視覚にはさまざまな働きがあります。

  • 形を認識する
  • 動きを捉える
  • 空間の位置を把握する
  • 注意を向ける
  • 感情的に重要な刺激へ反応する
  • 身体の行動につなげる

視力は、「見る」という大きなシステムの一部分です。

視力表のCがどこまで見えるかだけでは、 人間の視覚という仕組み全体を説明することはできません。

ミエルラボが「視力だけ」でなく「視界」も見る理由

ここからは、 盲視研究そのものではなく、 ミエルラボとしての考え方です。

今回紹介した研究が、 「身体を整えれば視力が上がる」 「無意識視覚を鍛えれば近視が改善する」 ことを証明しているわけではありません。

一方で、盲視研究が示している 「視覚は、意識して細かく見ることだけではない」 という知見は、 「見る」という働きを広く捉えるための 大きなヒントになります。

ミエルラボでは視力の数字だけではなく、

  • 視界の広がり
  • 目の動き
  • 空間をどう捉えているか
  • 姿勢や身体の使い方
  • 呼吸
  • 注意の向け方

なども含めて、 その方が普段どのように見ているのか を確認しています。

一点をどこまではっきり見られるか。

それだけではなく、

自分の周囲にある空間を、 目・脳・身体がどのように受け取っているのか。

そこまで視点を広げると、 「見る」という働きは、 思っている以上に奥深いものです。

盲視という少し不思議な研究は、 私たちが「見えた」と気づく前から、 視覚の処理はすでに始まっている ということを教えてくれます。

自分の「見え方」を、 少し広い視点から見てみませんか?

視力の数字だけでなく、 視界・目の動き・姿勢・身体の使い方なども含めて、 自分の「見方」を知りたい方へ。

参考文献

  1. Weiskrantz L.
    Blindsight: A Case Study and Implications.
    Oxford University Press, 1986.
    DOI: 10.1093/acprof:oso/9780198521921.001.0001
  2. Ajina S, Bridge H.
    Blindsight and Unconscious Vision: What They Teach Us about the Human Visual System.
    The Neuroscientist. 2017;23(5):529–541. Online publication 2016.
    DOI: 10.1177/1073858416673817
  3. Ajina S, Pestilli F, Rokem A, Kennard C, Bridge H.
    Human blindsight is mediated by an intact geniculo-extrastriate pathway.
    eLife. 2015;4:e08935.
    DOI: 10.7554/eLife.08935
  4. Morris JS, DeGelder B, Weiskrantz L, Dolan RJ.
    Differential extrageniculostriate and amygdala responses to presentation of emotional faces in a cortically blind field.
    Brain. 2001;124(6):1241–1252.
    DOI: 10.1093/brain/124.6.1241
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